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私の感じたイスラエル、そしてお別れ

シャローム!



エルサレムの、いわゆる新市街と言われるエリアは、
まるでヨーロッパのような洗練された景色。






歩いているとそれなりにウキウキとした気分になります。



ヘブライ文字の時計買って。




街の雰囲気がとてもオシャレで。




ユダヤ系の女の子は可愛い子が多い。
みんな露出の多い服着てるし。




とかね。




けれど、やっぱりイスラエルが他の国と決定的に違うなと思ってしまうのは、この光景。





銃を持ったイスラエル兵士たちが、
普通に、街を歩いています。






また、旧市街へと続く、新市街のマミラショッピングモール


ユダヤ人地区にあるこのめちゃくちゃキレイなショッピングモールですが、
ここはもともとアラブ人のお墓があったのだそう。
そこを無理やり掘り起こして作ったショッピングモール。





なーーんか、新市街のキレイな街並みの中に、
妙な雰囲気を感じざるを得ません。






イスラエルでは、高校を卒業すると、
男の子も女の子も兵役の義務があります。



高校を卒業したばかりの子供達に、
銃が配られます。



そしてそれを渡された若いイスラエル人たちは、
まるでアクセサリーのように、その銃を身につけて歩いていて。





普通にラフな格好でも銃を持っているし、
そのままオシャレなお店に入ってくし、
銃持ちながら友達と談笑してます。



不思議なもので、しばらくいるとそんな光景にも慣れていってしまうのだけど、
やっぱりどう考えたって、おかしいよ、この光景。




これはユダヤ系バスの中。
銃抱えたまま寝てるし。



盗まれたら、どうするの?
普通に銃口こっち向いてる時とかあるし。


人を簡単に殺せる道具を、平気で皆が持っている社会。



もう意味わからなすぎて思考回路停止。






イスラエルって、小さい頃から父が仕事でよく行ったりしていて、
母の信じているキリスト教の聖地があって、
旅で会うイスラエル人たちはみんな洗練されてて頭が良くて、
あまり危険っていうイメージってなかったのだけど。



私が今まで訪れた国の中で、
もしかしたら一番戦争に近い国なのかもしれません。



実際、パレスチナ自治区のガザ地区では今もなお紛争が耐えないし。



いつ、他の中東諸国から攻撃を受けてもおかしくないし。




だって、この光景が普通っていうのが、異常でしょ。







けど、やっぱり接してみると、一人ひとりはいい人だったりする。


私たちが街を歩いていたら、若い兵士たちが声をかけてきて。



何やら、トレーニング中の兵士たちが課外授業やっていて、
数人一組のグループで街の観光客たちにインタビューをする、
というプログラムがあるらしく。



イスラエルという国をどう思いますか?
イスラエルは好きですか?
イスラエルでどこを観光しましたか?

などの質問を受けて。


照れ笑しながら、片言の英語で話し掛けてくれる彼らの表情は、
まだまだあどけなさが残っていて、普通の少年です。


彼らはまだ19歳だそう。


で、日本語で話してるところをムービーで撮らせてくれとお願いされたり、
私たちのカメラで一緒に写真撮ったりして盛り上がって。




普通に可愛くて感じの良い少年たちでした。



たぶん、ここに暮らしながら、
これはおかしい、異常だと思っているイスラエル人もきっといると思うんですよね。



けれど、思ったとしても言えないんだろうな。
そんなこと言ったら、どうなるかわからないからね。
ユダヤ人以外はどんどん排他していくことが支持される社会。


きっと第二次大戦中だって、こんなのおかしいって思っている人はいたはず
今の北朝鮮だって、おかしいって思っている人はいるはず。
けど、言えない。



何年か前に、ポーランドのアウシュビッツ収容所を訪れたことがあって、
そんなに遠くない過去に、こんな恐ろしいことが起こっていたのか、と、
その場を去ったあともずっと気持ちが落ち込み続けるくらい、
かなりショックを受けた記憶があります。



意味もなく、ユダヤ人というだけで迫害されてきた歴史を持つ彼らが、
今、同じことをしている。



全体主義ってほんとに、恐ろしい。











イスラエル最後の夕方は、
旧市街にもう一度訪れました。



やっぱり、異質すぎるなあ、この国は。



嘆きの壁の向こうで、岩のドームがそびえ立っていて。




岩のドームの向こうには、教会の屋根に立っている十字架がたくさん見えて。




讃美歌が聞こえてきたと思ったら、反対側からアザーンが聞こえてきて。





黒ずくめの服を着た女の人が向こうから2人きたと思えば、
1人はイスラム教の女性で、
その後ろのもう1人はシスター、キリスト教の女性だったり。





もうなんか、それで良いじゃん、
宗教や文化が違っても、こういう風に共存して、
誰が一番偉いとかどの宗教が一番すごいかとか、別にどうでもいいんじゃない?って思ってしまうのは、
やはり私にちゃんとした信じている宗教がないからなのでしょうか?





けれどね、私は基本的に無宗教だけど、
日本の八百万の神的な考えはとても信じていて、
すべてのものに神は宿っているし、
見えないものの力みたいなのは信じていて、
見えない何かに動かされているなーっていうこともものすごく感じる。



無宗教ではあるけど、私なりの宗教観みたいなものはあって。



神様って、それぞれの人の心の中にいるものだと思うんですよねえ。



宗教っていうのは、その自分の中にあるものが、
たまたまキリストだったり、アッラーだったり、ヤハウェだったり、
そういう形のあるものにした方がわかりやすいし、
神は自分が信じてる限りは裏切らないし、
共感し合える安心感みたいなのがあるから、
それをもとに文化が生まれたり、
一方では政治に利用されたりして広まっていっただけで。




だから、それが変な方向に向かって起こる争いとか迫害とか殺し合いとか、
もう本気で意味がわからなくて。




一人一人が、信じてるものを持っている、
それだけじゃダメなのかなあ。




けれど、結局戦争はなくならないのだろうな。
争いを起こしている人たちの背景に、
戦争で大金を儲けている人たちがいるかぎり。
その民族感情を利用して、いつまでも戦争は無くならないのでしょう。



それでも、信じたいよね。


こんな、笑顔を見てしまうと。







子供たちには何の罪もないし、
いつだって彼らの笑顔は美しくて、
未来は明るいはず、なんだけどなあ。










さてさて、沢山の事を感じた、
いや、感じすぎた、イスラエル滞在。

そろそろ次の国へと進みます。




ということで、みなとくん、たつやくんの2人ともお別れ。



ダハブで一緒で、私より先にダハブを出たけど、
またエルサレムで合流したたつやくん。
年下の彼は頭が良く、気の遣い方がとても上手い。
一方で、映画や音楽の話もたくさんできて、すごく楽しかった!
ブルガリアからのチャリ旅もまた楽しんでー!

たつやくんのHPはこちら。
I Am Backpacker
ブログはこちら
HPめっちゃかっこいい!



カイロからずっと一緒に旅をしていたみなとくん。
お互い予定外にダハブに長居してしまい、
ルートも一緒で、気付けば3週間以上も一緒に動いてました。
女一人だと何かと面倒な中東で、
特に移動のときにはたくさん助けてもらいました。
みなとくんの人見知りの無さはほんとにすごくって、
変な気を遣わなくて良かったのも、彼のお陰です。
ビバB型!笑
(ちなみに、私は絶対に当ててもらえないA型です)




この2人とのお別れは、とてもとても淋しい。


他の旅人さんに、なんだか3人は幼馴染みたいですね〜と言われるほど、
とっても自然に、居心地よく、一緒の時間を過ごせました。



私が出発する前夜に、たつやくんはグルジアへと旅立って。
そして私がギリシャに旅立ち、
同じ日の午後にみなとくんはイスラエルのテルアビブへと旅立ちます。



本当にどうもありがとう!!!
またどこかで、会えますように。




久しぶりの一人旅、再開です。
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エルサレムの宿と、再会いろいろ

シャローム!




イスラエル滞在は、結局8日間、
ずーっとエルサレムに滞在していました。


エルサレムに着いて、
まず泊まったのがこの宿。

Ramsis Hostel
address; Hanevim Street 20, Jeruralem


最近、日本人の間で有名になっている安宿。


オーナーのミカドさんは超日本大好きなお方で、
泊まっているのは、私がいたときは100%日本人でした。


で、ここで嬉しい再会!

カイロで知り合って、ダハブまで一緒に移動したカナさん!





カイロで一番凹んでいる時に一緒にいてくれたカナさん。
本当はヨルダンも一緒に移動する予定だったんだけど、
私が体調崩して移動できなくなり、バラバラになってしまって。



けれどここエルサレムで、
私の最初の一泊、カナさんの最後の一泊、が重なり。
念願の再会を果たしたのでした。



ほんと、カナさんには色々お世話になった挙句、
体調崩して迷惑かけちゃったから、
もう一度会えた瞬間は、テンション上がったなー。



カナさんのサバサバとした、けれどほんわかした独特の空気には、
ほんっとに助けられました。

ありがとー!また会おうー!






そしてここラムシスホステルでは、
小さいけれどちゃんとしたキッチンがあって。


物価の高いイスラエル、ほぼ毎日自炊してました。




というか、作ってもらってました。


同じ宿とまっていた、くろちゃん




なんと彼は、コックさん!
彼の作る料理は、やっぱり一味も二味も違う。
一手間がねー。やっぱり違うんだよなー。

色々と料理の勉強、させて頂きましたー!


フレンチやイタリアン専門だそうだけど、
くろちゃんと過ごす最後の日は和食のリクエストにも答えてくれて。




毎日美味しいご飯、たくさん頂きました。






で、ここの宿、
オーナーのミカドさんはとても優しく、
立地も旧市街のダマスカス門から近くてものすごく便利で、
買い物も苦労しなくて、
wifiもがんがん繋がって、
すごく良いんですが。



ひとつだけ、不便なのが、
朝の10時から夕方5時まで、
宿を閉めてしまう
のです。



まあ、ミカドさんに聞いたら、
実際に閉めてるのは、ほとんど毎日昼の2時から5時までで、
その理由は、その間に昼ごはんを食べに行ってて、
そこの時間だけは自分の大事なプライベートに時間にしたいから、
なんだそう。


確かに家族経営だとほとんどずっとレセプションにいなきゃいけない、とか、
大変なのはとてもよくわかるのだけど…



この時間、私たちも毎日外に出ていなきゃいけない、
というのもなかなか大変で。


置きたい荷物があったり、
昼の一番暑い時間帯に一旦戻ったりしたいときもあるわけで。





というわけで、エルサレム後半は、
かの有名な宿、イブラヒムおじいさんのいるPeace Houseへと移動




ここでは、やはりダハブで一緒だった、
たつやくんと再会。



イブラヒムじいさんのとこ、めっちゃ居心地良いですよ〜という、
たつやくんの言葉に釣られて、みなとくんと共に移ってきました。



たつやくんとは、
ダハブではシナイ山に一緒に登って、
で、私より早くダハブを出て行ったんだけど、
ここでまたまた合流。



エルサレムでは死海やへブロンにも一緒に行き、
後半は何かと一緒に行動していました。





で、このPeace Houseという宿。

何が有名かというと。




イブラヒムおじいさんは、平和運動家で、
80歳を超えた今も様々な運動をしていることで有名。




そしてこちらのPeace Houseは
そんなイブラヒムおじいさんが、
旅人たちの為に開放してくれている場所。



中心地からはバスに乗っていかなきゃいけないのだけど、
多くの旅人が訪れる名物宿です。


郊外というだけあって、宿の屋上からの景色はとってもキレイ。




宿泊費は寄付制。
だいたい50シュケル(約1000円)が相場のようです。



そして毎日、イブラヒムおじいさんが、
あり得ない量のご飯を作ってくれます。





Welcome!
Eat!


が、口癖のイブラヒムおじいさん。


彼のホスピタリティーはとどまるところを知りません。


食事中に談笑してようもんなら、
もっと食べろー!と次から次へとご飯を持ってきてくれます。





もう食べれないよ、おじいちゃん…

そんな言葉は聞いてくれません。

とにかく、ここにいると食べて食べて、食べまくることになります。


こちらがイブラヒムおじいさんです。




とーーっても元気なおじいちゃん。




で、結局のところ。
エルサレムではとにかく食べまくっていた、という。笑


イスラエルを出たら、ちょっと食事制限、しないとですね…





いい宿に恵まれて、美味しいご飯を食べて、嬉しい再会があって。


色んな複雑なことを感じまくっている日々だけど、
全部含めて良い旅ができてます、イスラエル。



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エルサレムでカナダ人のお宅訪問

シャローム!




旅をしていると、ひょんなことからとても良い出会いがあったりします。




エルサレムの前に訪れていたヨルダンのペトラ遺跡でも、
とても素敵な出会いがあって。




ペトラ遺跡のモネストリーまでのきつーい道のりを歩いている時に、
声を掛けてきてくれた、一人のカナダ人女性。


しかも、片言の日本語で!

トテモツカレマシタネ!

なんて感じで。笑



彼女は、10年くらい前に、
英語の先生として日本に3年間滞在してたことあったらしく。


最初は1年だった予定が、あまりにも日本が好きすぎて、
2年、3年と滞在を延長してしまったくらい、日本が大好きなんだとか。




彼女の名前はアリッサ




この時は旦那さんと3歳になる娘さんとペトラに観光に来ていたのだけれど、
旦那さんの映画撮影の仕事で半年くらいエルサレムに住んでるとのことで、
私たちもこれからエルサレム行くと言ったら、
エルサレムの彼女のお家に招待してくれると!



こういう出会いはほんとに不思議なもので、
話した瞬間、この人大好き!と思って。



とてもチャーミングで、エネルギーに溢れている彼女。
なんだか最初からものすごくウマがあって、すぐに仲良くなり。



ペトラでは少し話しただけだったけど、
そのあと連絡とりあって、
エルサレムで、みなとくんと共に、
アリッサと一日一緒に過ごすことになりました。




まず、午前中に待ち合わせて最初に向かったのは、
マハネー・イフェダー市場



エルサレムの新市街にある、ユダヤ系のとても大きな市場です。



この日は、夜にアリッサのお宅に招待してもらえるということだぅたので、
娘のイルマちゃんが保育園に行ってる間に、
買い出しを済ませておこうと。




本日のメインは、日本大好きなアリッサのために、
みなとくんと私が肉じゃがを作ります!




調味料はなにを持っているか聞いたら、
ショウユ!キッコーマン!
モッテル!

と答えてくれたアリッサ。笑



さすが!日本好き。
完璧です。


市場で買い出ししながら、
めちゃめちゃ美味しいチーズ試食したり。


アリッサ行きつけの健康ドリンクのお店に連れてってもらったり。

健康ドリンク屋のこの主人が、すごい人らしい。




で、市場の中のオシャレなカフェでコーヒー飲んだり。





買い物後、新市街の中心にほど近いアリッサの家に荷物を置いて、
みなとくん、アリッサ、わたしの3人で娘さんのイルマちゃんのお迎え、です。笑




イルマちゃん。かわゆす。




このあと、イルマちゃんの新しい靴を新調するのにお付き合いしながら、
旧市街へと向かいます。





とにかく暑いので、途中でアイスクリーム食べたりもしながら。



みなとくん、パパになる練習です。





イルマちゃんはやっぱり新しい靴が気になるようで。









旧市街では、なんでもあまり観光客が行かないところに連れていってもらえる、と。


アリッサの旦那さんの仕事関係の人の奥様が、
もともとアルメニア系の人で、エルサレムの旧市街住んでいたそうで。



旧市街は、住んでる民族によって、いくつかの地区に分かれていますが、
確かに観光ではあまり脚光を浴びないアルメニア人地区を、
その方に案内してもらいました。




アルメニア人も、過去に迫害を受けながら、
色んな場所で生き抜いてきたという歴史を持ちます。


エルサレム旧市街の一角にも、
ひっそりとアルメニア人たちの住んでいる場所があって。



ちょうど午後のミサの時間帯にアルメニア教会へ。




同じキリスト教でも、あまり馴染みのないアルメニア教会。

雰囲気がまた違って興味深いです。




そしてこの教会の上に、アルメニア人たちが住んでいて、
そこにも連れていってもらいました。


こうやって、ここの人たちは昔から自分たちの文化を守りながらひっそりと生きてきたのだな。


とても狭い世界の中で、皆が肩を寄せ合って生きているのがわかりました。






そして、いよいよアリッサのおうちに帰宅!


すでにアリッサの旦那さん、ダニエルは帰宅していて、
自宅作業をしていました。






ダニエルは映画監督。

エルサレムのドキュメンタリー映画を作っている真っ最中で、
かなり忙しそうです。





私たちはゆっくり休みながら、
イルマちゃんと遊びながら、夕飯の支度。




アリッサはとても明るくてパワフル。
子供を授かったのは37歳のとき、と少し遅めだったけれど、
子供より素敵なものはないわ、と話してくれます。



サオリ、子供は旅よりもきっと良いものよ
って。
ドキッとするようなことも言われて。笑




ときどき、片言の日本語を交えながら。
アリッサの日本語はとても可愛い。




仕事の話も色々できて嬉しかった。


私はいつか、映画や音楽などのモノ作りをしている人たちのサポートする仕事ができたらいいなーなんて、
漠然と考えているので、
かなりインディペンデントに映画制作している
ダニエルの話はとても為になった。




そんな横で、イルマちゃんは真剣にぬり絵。




なにその表情!
かわいすぎー!




かと思えばこちらでも。
えーーー!レゴ!真剣すぎるよお兄さん!!!
それ、イルマちゃんのやつ!!






私たちが折った鶴で遊ぶイルマちゃん。





もう、イルマちゃんの写真ばっか!!!笑



そしてディナータイム。




イルマちゃんの写真ばっか撮って、
食事の写真撮るの忘れたー。


私の作った肉じゃが、ダニエルもアリッサも、
全部たいらげてくれました!




最後に記念撮影。




ダニエルは、映画の制作が佳境らしく、
ご飯のあとずっと電話で打ち合わせをしていたため、
残念ながら一緒に写真撮れず…



かなり、いや、相当良い男だったので、
一緒に写真撮れなかったのだけが、心残り。笑




いつかまた再会することを誓って、アリッサとお別れ。





帰り道の満月がとっても大きかった。




素敵な出会いだったなーと噛み締めながら、
夜のエルサレムを歩くのでした。




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死海、ほんとに浮いたどーー!!!

シャローム!


イスラエルでは、宗教のことやパレスチナ問題のことなどで、
頭がこんがらがってしまうことばかりの日々だったけれど、
この日は難しいことを忘れて、
死海へ日帰りでいってきました!





死海の存在は子供の頃からなぜか知っていて。
何もしなくてもぷかぷかと浮ける海がある、と。




この旅の計画段階の頃から、絶対行きたい場所のうちの一つでした。




メンバーは、カイロからずっと一緒のみなとくん
ダハブで一緒で、イスラエルでまた合流したたつやくん
宿が一緒のくろちゃんとしろうさん
私、の5人!!


エルサレムのセントラルバスステーションから、
ユダヤ系バスであるエゲットバスに乗り、1時間と少し。




死海と行っても、色々と遊べる場所はあるようですが、
私たちは一番有名なエンゲディというところへ。




エンゲディには、無料で死海に入れるパブリックビーチと、
死海の泥のパックやスパなどがついたリゾートとがあります。




私よりも男性陣の方が泥のパックに興味津々で、笑
せっかくなので、
スパリゾートの方に入ってきました。




入場料は69シュケル(約1400円)


他に、お昼ごはんなどもついたお得な入場券もありました。





着替えをして、
スパの建物から死海まではこの乗り物に乗って行きます。




というのも、死海は年々干上がっていて、
海岸がどんどん遠のいてしまっているようで。





1985年の頃はこのあたりに海岸があったのが、
今では遥か遠く。





この地域の水の消費量が増加していることと、
自然に流れ込む水が減少していることによるのだそうです。


今では、海岸はスパの建物から乗り物に乗らないといけないような距離になってしまっています。



なんか、ものすごい勢いで干上がっているような気が…
2030年には、死海は枯渇してしまうとの予測もあるようです。





そして、到着!



景色があまりにもキレイで、
浮く前からテンション上がりっぱなし!です!!!!





で、早速ビーサン脱ぎ捨てて。



いざ、死海に入ってみると!



生ぬるーい温度の水。


心なしかとろっとしているような水で。




奥まで入っていって、体を仰向けにして、
足を地面から話してみると。








う・い・たーーーーー!!!!!!




ほんとに、浮いたーーーーー!!!!!!




これはねー。
ほんとに面白い!楽しい!
なにこの感覚!!!!


今までに経験したことのない浮遊感。


いやー不思議。面白い。





そもそも、死海ではなぜ浮くのかというと。

死海の塩分は約30%ほどだそうで、
これは通常の海水3%と比べると、とても高い。


よって、死海の海水の質量が、
人体の質量よりも重くなるため、
人の体が浮くのだとか。



うーん、よくわからないけれど、とにかく不思議だ。
(ちなみに化学は苦手でした)




塩分がかなり濃いので、間違って海水が目に入ろうもんなら、大変なことになります。



私は一回、目の中に水が入ってしまい、
超急いで岸に上がって、慌てて目を洗いました。


痛かった…。







で、記念写真!!


みんなでかわりばんこに撮影大会~


チームダハブ。




私のベストショットはこれー!


新聞、読んでみた!!!







ちなみに、死海の反対側はこんな景色。



こんな殺風景の景色の中に突如死海が現れるのだから、神秘的です。






で、一通り満足したあとは、
またスパの建物の近くに戻って、
泥パックタイムー!




いやー、みなさん、やってますやってます。




どこまでお肌に良いのかわからないけど、
とにかく全身、塗りたくる!
顔も、髪も、体もーーー!!



で、やっぱり記念撮影。



改めて見ると、みんなこわーっっっ笑


普段パックとかしない男性陣は、ほんとに楽しそうでした。笑





そして、プールタイム!



って、もう楽しいことばっかり。笑
リゾートってすごい。
アトラクションが次から次へと!



みんなそれぞれに楽しんで。


で、最後は男女に別れてスパに入って、終了。



肌に良かったかどうかは。

塩がきつすぎる海水と、日焼けのダメージで、
泥パックの効果も打ち消されたかなーという感じです。笑




けれど、それ以上の楽しさと、
あのぷかぷかと浮いた貴重体験は完全プライスレス。



ぷかぷかセラピーで、イスラエルで考えすぎた頭をふやふやに。


久しぶりに、純粋にはしゃぎまくった一日でした!



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終わらないパレスチナ問題

シャローム!



イスラエルは、パレスチナ問題という、
国際的に大きな大きな問題を抱えています。




パレスチナ問題を一言で語るのはとてもとても難しく、
そもそも私にそこまでの知識があるわけではないのですが、
やはりこの国を訪れるにあたり、避けて通れない問題です。



イスラエルは、宗教の聖地が混在しているということの他に、
アジア、アフリカ、ヨーロッパの交易の拠点としての立地の便利性も手伝って、
4千年も前から、数々の民族たちが数奇な運命を辿ってきました。




アラブ人もユダヤ人もこのイスラエルの地を祖国だと主張しているため、民族闘争が絶えません。




古くはローマ帝国に支配され、世界中に散り散りになり、
第二次世界大戦中の迫害などの負の歴史を経て、
この地に戻ってきてイスラエルという国を建国したユダヤ人。



イスラエルを建国したのが1948年、つい最近のこと。




一方で、ここにもともと住んでいたアラブ人たち。
彼らにしてみれば、いきなりユダヤ人がやってきて国を作り始めたわけだから、気に入らない。




イスラエル建国以来、
4回の中東戦争を繰り返し、
そして現在では、イスラエルの一部にパレスチナ自治区という、
アラブ人たちが自治している地域が認められているものの。




その争いはとどまることを知らず、
今もなお、闘争は続いています。



前回の記事で、パレスチナ自治区には、
イスラエル人だけが住んでいる地区と、
パレスチナ人だけが住んでいる地区と、
イスラエル人とパレスチナ人が両方住んでいる地域がある
という話を聞きました。




この日は、イスラエル人とパレスチナ人が住んでいる地区、へブロンという街に出掛けてきました。






へブロンはベツレヘムより更にバスで30分ほどいったところにあります。



イスラエル人とパレスチナ人が住んでいる地域と言っても、
もともとパレスチナ人がいたところに、イスラエル人が入植してきた地域。




1990年代から、徐々にイスラエル人の入植が始まり、
今ではイスラエル軍に守られながら暮らしているユダヤ人。




しかも、問題はそれだけにとどまらず。




この、市場の頭上に張り巡らされた網。





なんのためのものか想像できますか?


この地域は1階にパレスチナ人、
2階以上にイスラエル人が住んでいるのだけど、
イスラエル人たちが嫌がらせで、
1階に向かって、ゴミや糞尿を投げつけるんだとか。



それを阻止するための網なのだそうです。


少し脇道にそれると、ゴミの山。





それから、この窓を覆っている金網。




これもまた、イスラエル人たちの嫌がらせで、
石を投げられ、窓を割られるのを阻止するためのものだそうで。




また、街の中にイスラエル人によって
たくさん設けられているチェックポイント


ここでは、パレスチナ人たちはいちいちイスラエル人の兵士によって、
IDの確認を求められるのだとか。



その確認の方法は、担当しているイスラエル兵士によってまちまちで、
ひどい場合は特に理由もないのに、
嫌がらせで何時間も待たされたりすることもあるのだそう。



私たちも何回かチェックポイントを通りましたが、
待たされているパレスチナ人を何人も見かけました。


私たちは明らかに外国人だからか、
どこから来たの?と聞かれる以外は特に何も提示は求められなかったです。




パレスチナ人は武器を持つことは許されないけれど、
ここにいるイスラエル人たちは、皆銃を持っている。




こうやって、ここに住むパレスチナ人たちは常にイスラエル人によって監視され、抑圧され、暮らしているのです。






一番ショックで、とても驚いたのが、これ。


一見、普通の道に見えますが。

道の真ん中にちょっとした仕切りみたいなものがあります。

これは、この仕切りによって、
イスラエル人が歩く道と、
パレスチナ人が歩く道とに分けられているのです。



昔、黒人が差別されていた時代には、
黒人はバスの前の方しか座れなかった、
などの話を聞いたことがありますが、
これは今、現在起こっていること。


イスラエル人とパレスチナ人が、
たったこれだけの仕切りの向こう側とこっち側で別れて歩いている光景。





目の前で起こっていること。



信じられなかったです。



こんな意味のないことが、今もなお行われているということ。



同じ、人間なのに。
ただ、信じているものや文化が違うだけなのに。


かなりのショック、でした。








けれど、ここに住むパレスチナ人たちはとても優しいのが、また胸が痛む。


みんながWelcome、と微笑んでくれる。






そして、私たちが持っているカメラを珍しがって、
撮ってくれ、と無邪気な笑顔でお願いされる。


お母さんから撮ってあげて、とお願いされた兄弟たち。




カメラの画面に興味津々。






街の中心にあるモスクの中では、とても素敵な出会いがあり。



へブロンの大学で英語を学んでいるという19歳の女の子2人組、
ハニンサブリン


2人とも、とっても賢くて可愛い。


イスラム教の子たちなので、
一緒にいたみなとくん、たつやくんは、
男性とは握手はできない、と断られてたけど、笑
私とは、握手して、挨拶のキスまでしてくれた。



そして、そのまま色々と立ち話。




私たちがエルサレムに滞在していると言ったら、
エルサレムのイスラム教の聖地、岩のドームには行ったの?
と聞かれ。



今朝見てきたよーと答えると。





ものすごく羨ましい!と。
彼女たちは、イスラム教徒として岩のドームに行きたいけれど、
イスラエルに入ることが簡単に許されないので、行けないのだそう。



みなとくんが今朝とってきた岩のドームの写真を見せたら、
いいなーいいなーと、無邪気に笑っていた2人。



イスラム教でもない私たちが簡単に行けるのに、
イスラム教を厚く信仰している人が行けないなんて、
なんとも皮肉な話です。



一方で、FCバルセロナが大好きだ、という話や、
今好きな人がウクライナで法律の勉強しているっていう話をしてくれたり。



どこの国にもいる、少女のあどけなさで。



別れ際に記念撮影。



真ん中がハニンで、右がサブリン。



この写真は、あとからメールで送ってとお願いされたので送ったら、
ものすごい感謝のメールが返ってきました。



あなたたちに会えて良かった、
この日のことは一生忘れないし、
この写真は私の一生の宝物だ
、と。




モスクの中で、とてもいい出会いでした。







しかしながら、このモスクを出たあとに知ったのですが。


私たちが来る前日、このモスクでは
あるパレスチナ人がイスラエル兵士に撃たれたそうです。



そのパレスチナ人がナイフを持ってイスラエル兵士に襲いかかったから、だそうですが。



この街では、そういうことが今もなお、普通に起こっているのです。






モスクを出たあとは、ジャミンという青年が
声をかけてくれて、この街を案内してくれました。



少し道を入ると、全てシャッターがおりている場所が。




ほとんど誰も通らず、ときおりイスラエル人たちが通りかかります。




誰も通らないのに、風になびいているイスラエル国旗がなんとも奇妙で。






ここはイスラエルの土地だ、と言わんばかりに。



そしてジャミンが家に案内してくれるというので、
3人でお邪魔することに。



彼の家では、一つの建物の中に、
彼の親戚、6家族が住んでいるのだそう。



屋上からはへブロンの街並みが眺めることができました。





そして彼の部屋でお茶をご馳走になりながら、色々な話をしてくれました。




ジャミンは今34歳。


彼自身は、アラブ人だけど20歳の時にキリスト教に改宗していて。


周りの家族はみんなイスラム教徒だけれど、
キリスト教も認めてくれて、家族仲良く暮らしているのだそう。


パレスチナ人の中にはキリスト教徒も結構いるという話は聞いていたので、
パレスチナ問題はやっぱり宗教だけが根本の原因ではないことがわかります。



だけども、やっぱりイスラエル人たちに監視されている今の暮らしは、
とても居心地が悪く、お金さえあれば今すぐにでも出て行きたいと話してくれたジャミン。




職業はペインターだと言っていたけれど、
この日もとても暇そうにしていたし、
思うように仕事はないみたい。




みなとくんが、
この争いはいつまで続くと思う?と聞いた時の、
ジャミンの答え。



Never finish.
決して終わらない。




その目には、もはや絶望をも通り越して、
感情が宿っていないようにすら、見えました。








決して終わらない。




私が見た、パレスチナ。



それは想像を遥かに超えて、
辛い辛い現実でした。








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プロフィール

saori

Author:saori
1983年6月生まれ。
2010年9月に結婚。

のらりくらりと紆余曲折を経て、
会計士として4年間勤めた職場を2011年末で退職。

旅行中毒。
音楽大好き。
映画大好き。

思い立ったら実行しないと気が済まない性格が災いし、
夢のまた夢だった世界一周を本気で叶えることにしちゃいました。

2012年1月から、東周りでの世界一周、スタートしました!

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