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キリスト生誕の地ベツレヘムにてパレスチナ問題にぶち当たる

シャローム!




金曜日の日没から、土曜日の日没までは、
ユダヤ教のシャバットと呼ばれる安息日。




この間、ユダヤ教徒たちの労働は禁止され、
電気を使ったり火を使うことも禁止され、
敬虔なユダヤ教徒は、つばを飲むことさえもしないとか、なんとか。


よって、土曜日はユダヤ系のお店は基本的に全てお休み、
バスなども一切走っていません。





ただし、イスラエルにはユダヤ人のみならず、
アラブ人も生活しており、
アラブ系のバスは走っているため、
土曜日はアラブ系バスで行ける場所であるベツレヘムへと行くことにしました。



エルサレムのダマスカス門から出ているアラブ系21番のバスに乗ること、40分ほど。





ベツレヘムに到着です。



ベツレヘムと言えば。




イエス・キリストが生まれた地。




父ヨセフと母マリアの間に処女受胎で授かったイエス・キリストが、
ベツレヘムの馬小屋で生まれたというのは有名な話で。




私の母はカトリックなので、
小さい頃からよくキリスト教の話を聞いていて、
ベツレヘムと言えば、イスラエルっていう国にあって、
まさにキリスト教の西洋のイメージが強かったのですが。





恥ずかしながら初めて知ったのですが、
ベツレヘムって、パレスチナ自治区に属するんですね。





だからバスを下りて、
あまりに私が抱いてたベツレヘムのイメージと違ってびっくり。



そこには、アラブ系の人たちがたくさんいて。






街の雰囲気も、まるで中東。






というか、ここはやっぱりもともと中東なんだなあ、と改めて実感。




エルサレムの一部や、テルアビブなどの洗練されたあの雰囲気は、
最近になってから作られたものなのだと、気付かされます。





アラブ人たちの市場を抜けると、
そこにキリストの聖誕教会がありました。





アラブ人=イスラム教
というイメージが強いですが、
もちろん、アラブ人でもキリスト教を信じている人もいて、
やはりここベツレヘムでは、その土地柄、アラブ人でもキリスト教を信じている人が多いそうです。



聖誕教会の中。







キリストが生まれたと言われる場所は地下にって、
やはりそれを見るために、たくさんの人が列を作っています。




狭いドアを入らなきゃいけないため、
そこに人が群がり、大変なことになってました…
1時間以上並んで、ようやく入れた聖誕の部屋。






この星のところでキリストは生まれたそうです。







そしてこのあとは、
マリアの母乳が滴って、地面がミルク色に変わったとの伝説が残る、
ミルク・グリッドという小さな教会へ。




こじんまりとして、可愛い教会でした。










そして、ここの教会を出たところでタクシーの客引きに遭い。




パレスチナ自治区の分離壁と、難民キャンプの場所に連れていってくれるというので、
乗ることにしました。



まずは、ベツレヘムの街並みを見渡せる場所に連れていってくれて、
あのあたりがイスラエル人の住んでいる場所だよ、と教えてくれました。




そして、パレスチナ自治区には、
イスラエル人だけが住んでいる地区と、
パレスチナ人だけが住んでいる地区と、
イスラエル人とパレスチナ人が両方住んでいる場所がある、

ということを教えてもらいました。




ベツレヘムの今いる場所は、パレスチナ人だけが住んでいる地域。

なのでそこまで危険ではないそうですが。




このあとに連れていってもらった、
イスラエルとパレスチナ自治区とを分ける分離壁



壁には独立を意味する、フランス革命の絵をオマージュした絵が描いてあって。




この壁だけで、分けられている。
パレスチナ人たちは、この壁の向こうに行くことを簡単には許されない。



何年か前にベルリンに行った時に、
既に壊されたベルリンの壁の残骸を見て、
こんな壁一つで向こうとこっちの世界が全く違ったなんて、
と感じたことがありますが、
これは今、現実として起こっていること。




この現実を受け入れるのには、エネルギーがかなり必要です。




そしてベルリンと同じように、
このあたりの壁にも平和への叫びが表現されていて。


これは有名なイギリス人壁画アーティストのバンクシーの絵。








そして続いて連れていってもらった、
難民キャンプ地区である、アイダ・キャンプ




想像していた難民キャンプとは違って、
家が立ち並ぶ地域でした。
昔は、テントとかが多かったそうです。





このUNと掲げられた、
国連のパレスチナ難民救済機関が、彼らの暮らしを支えているのだとか。






ここにいる人たちは、仕事を与えてもらうことすら、許されない人たち。





ここの壁にも絵が描いてあって。







子供たちはどこでも無邪気だ。







タクシーの運転手のおじさんが、
壁の上を指して、
見てごらん、あの監視カメラで僕たちはいつもイスラエル人によって監視されていて、
何か不都合があれば、あの台にイスラエル兵士が登って、僕らは簡単に撃たれてしまうんだ、

と悲しそうな顔をして話してくれました。





それでも、運転手のおじちゃん、
私たちがタクシー降りるときに、
次に君たちがここへ来るときは、きっとあの壁は無くなっているかな、
なんて、最後には笑って見せてくれて。





うん、本当にね。

そうであってほしい。






キリスト教の聖地を見ようと思って出向いたベツレヘムだったけれど、
もっともっと、根深い現実を目の当たりにすることになってしまいました。




しかしながら、また後日訪れた別のパレスチナ自治区にて、
さらなる現実の恐ろしさを窺い知ることになります。




次回に続く。




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嘆きの壁、悲しみの道。宗教って、なに??

シャローム!





イスラエルに到着した翌日は金曜日。
金曜日は、エルサレムの旧市街が盛り上がるらしいという噂を聞いて、
この日はエルサレム市内を一日観光。





旧市街は城塞に囲まれていて、
その中は道が入り組んでいます。




イスラム諸国の旧市街と同じ作り。



それもそのはず、
もともとはアラブ人が住んでいた地域に、
ユダヤ人が無理やりイスラエルという国を建国したので、
古い街並みは、イスラム文化の影響が残っているのです。





この古い街並みの中に、
たくさんの見所が凝縮されているわけですが、
まずは、キリスト教の聖地である聖墳墓教会へ。





聖墳墓教会は、イエス・キリストが十字架に張り付けられ、
そして処刑されたゴルゴダの丘に建っていると言われている教会。



イエス・キリストのお墓があることでも有名です。







入ってすぐの場所にあるこの場所は、
イエス・キリストが十字架から外された際に、
横たえられ、息を引き取ったとされる場所。





たくさんの人たちが、手や頭をつけて祈りを捧げていました。




その横の壁に描かれている絵。





そしてその奥にキリストのお墓があって。





ドームから差し込む光が、なんとも神々しい。






行ったタイミングが悪かったのか、
中に入るのにものすごい数の人が並んでて、
しかもおそらく皆熱心にお祈りしているからか、
30分待っても全く動かない…





次の時間もあったので、あえなく中にはいるのは諦めてしまいました。






キリストの墓の正面にある一番立派な礼拝堂では、
厳かにミサが行われていて。





この礼拝堂の上にある、
ドームに描かれた絵も美しい。




奥には地下へと続く通路があって、
そこにはたくさんの礼拝堂がありました。







また、2階にはまた異なる宗派の祭壇があって。


ここはローマ・カトリックの祭壇



そしてその横にはギリシャ正教の祭壇



このギリシャ正教の祭壇の中に、
キリストが十字架に釘付けにされた場所があると言われており、
ここでもたくさんの人たちがその場所に触り、
祈っていました。







この聖墳墓教会という一つの教会の中に、
様々なキリスト教の宗派の祭壇やチャペルがあり、
単にキリスト教、と言ってもたくさんの種類があることが見てとれます。





そして、毎週金曜の午後4時からは、
キリスト教のフランシスコ宗派による行進が行われるので、
そのスタートポイントのエル・オマリヤ・スクールへ。



この行進が行われるのは、
ヴィア・ドロローサ、悲しみの道と呼ばれる道です。




イエス・キリストが、
死罪の判決を下されたとされる場所であるエル・オマリヤ・スクールから、
十字架を背負ってゴルゴダの丘まで辿った道。




この道を、キリスト教徒たちは十字架を背負いながら歩くのです。






この悲しみの道沿いには、
新約聖書に事細かに記載されているキリストが受刑してから処刑されるまでの場所が点在しており、
その各ポイントをステーション(留)と呼びます。


フランシスコ派の行進では、
このステーションごとに立ち止まって、
ここで何が起こったのか、を説明してくれます。



例えばここは、
キリストが十字架を背負って歩く姿をマリアが見ていた場所とされるとろ。






ステーションは全部で14箇所あり、
最後の5箇所は聖墳墓教会の中にあり、
イエス・キリストのお墓が最終ステーションです。




フランシスコ派の行進は普通に観光客向けで、
想像していたものとちょっと違いましたが、
ヴィア・ドロローサを自分で歩いてもよくわからないので、
立ち止まりながら色々と説明してくれるのは良かったです。









この行進が終わったあとは、
前日に続き、再びユダヤ教の聖地である嘆きの壁へ。



ユダヤ教では、金曜日の日没から土曜日の日没までは、
シェバットと呼ばれる安息日とされています。
この間、労働は禁止され、電気をつけることも、
火を使って料理をすることも禁止されます。



その金曜日の日没前後は、
特に大勢のユダヤ教徒たちがこの嘆きの壁に集まり、
いつもとまた違う雰囲気になるという話を聞き、
行ってみることに。




日没前に到着して、ずっと様子を見ていましたが、
どんどん集まってくるユダヤ教徒たち。








遠目に見ても、この通り。

前日はこの程度だったのが。



この日はこんなにたくさんの人!!!







そして、壁の方に近寄ってみると。


驚くことに、前日は静粛に、厳かに、
みんな壁に向かって祈っていたのが、
この日は、一部の人たち、特に若い人たちが輪になり、
歌を歌い、踊ったりし始めました。







私は男性側には入れませんが、
これに呼応するかのように、
仕切りの向こうの男性側でも、
皆で輪になって歌い始める人たちが出てきて。






これがどんどん呼応しあって、
時間が経てば経つほど、どんどん盛り上がっていくその場の雰囲気。





特に戒律の厳しいユダヤ教では、
祈る、ということがもっと厳粛なものだと思っていたし、
嘆きの壁、というネーミングからして、
そんな楽しい雰囲気になることなんて考えられなかったから、
予想外の雰囲気にただただびっくり。





一方で、いつもと変わらず黙々と祈りを捧げている人たちもまた、
壁の近くにたくさんいて。





男性側は特に、黙々と祈っている人たちは
黒い服を見に纏い、背高帽を被っている人たちが多く、
騒いでいる人たちは、白い服で、
キッパと呼ばれる、頭のてっぺんにつける布のみを着けている人が多かったので、
宗派の違いによるものなのかも知れません。





その様子は、もうなんというか、
宗教を持たない私からしてみると、
はっきり言って奇妙、な景色でしかなくて。





祈るって、なに?


神に近づくこと?


神に赦しを得ること?


死後の世界で天国に行けるようにお願いすること?





悪い意味ではなく、本当に私のバックグラウンドでは
これを理解するのは難しい。





ユダヤ教とキリスト教。
色々なお祈りの方法があって。
信じることのパワーをひたすら感じる一日となりました。






そもそも、ユダヤ教とキリスト教、更にはイスラム教も、
つきつめれば根っこは同じなわけで。



今でこそ全く違う戒律や思想を持つ宗教になっているけれど、
もとはこの世の創造主をヤハウェと称して神とするユダヤ教があって、
そこから、その神の子と称してユダヤ教徒たちによって死罪を受けたキリストを神と崇めるキリスト教が生まれて、
そしてアラブ人の中でユダヤ教を元にイスラム教が生まれて。




しかも、キリスト教の中でも、
この日行進をしていたフランシスコ派(カトリック)、
プロテスタント、ギリシャ正教、ロシア正教、コプト教、
などなど細かい宗派ごとに、祈り方や戒律が違っていて。





ユダヤ教の中でも、正統派や保守派などにより、
服装やどこまで厳しく戒律を守るか、などが違っていて。



イスラム教も、有名なところではスンニ派やシーア派などがあって。






これらが、その同じ宗教の中でさえも、
考え方や思想が違うというだけで、
大小問わず、日々争いが起きていて。




小さなことで言えば、この日訪れた聖墳墓教会では、
入り口の門をどの宗派が所有するかで争われているため、
アラブ人が門の開け閉めを行っているのだとか。




大きなとこでは、戦争。
異なる宗教間での紛争はもちろんのこと、
イラク・イラン戦争のように、
同じ宗教でも考え方の違いによって、戦争が起こってしまう。




うーん、やっぱりよくわからないよ、わたしには。




ただ、それがこんなにも凄まじいパワーによって支えられている、
ということを知ることだけはできました。








宗教ってなんだろう。

まだまだ理解には、時間がかかりそうです。






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三大宗教の聖地、エルサレムに到着




シャローム!
(ヘブライ語で、こんにちは、という意味です♪)




ヨルダンではペトラ遺跡を見たあと、
アンマンで一泊して、すぐにイスラエルに陸路で移動してきました。




イスラエル入国はとにかく厳しいことで有名。




というのも。


イスラエルは近隣の中東諸国と仲が悪いので、
それらの国に行く場合、またはすでに行っている場合は、
かなり色んな質問をされたり、
もしくは別室に連れていかれたり…
なんて話もよく聞くし、
荷物もかなり厳重にチェックされるらしい。



結構緊張して、
問答集を予め色々と考えながら臨んだ入国審査。


だったのですが、
確かに他の国よりは色々と質問されたりしたものの、
意外とあっさり入国できちゃいました。


その時の審査官にもよるんだと思います。



質問されたことと言えば。


何のためにイスラエルに来たか。
何日間、どこに泊まるのか。
イスラエルではどこを見る予定か。
(ここでパレスチナ自治区とか言っちゃうと別室行のようです。)


などなど。
その程度だったので、拍子抜け。


ま、荷物チェックに時間かかったりもして、
それなりに時間はかかり、
ちょっと疲れはしましたが。




午後16時頃には、エルサレム中心地の宿に到着。







イスラエルは、
1948年にユダヤ人たちによって建国された比較的新しい国。




エルサレムの旧市街の狭い範囲の中には、

●ユダヤ教の聖地である嘆きの壁
●イスラム教の聖地である岩のドーム
●キリスト教の聖地である聖墳墓教会


の3つが存在していることで有名です。






街行く人々は、
それぞれの宗教の格好をして歩いています。




残念ながら、
この三大宗教の人たちが仲良く暮らしているわけではなく。




この国では民族及び宗教の違いがもたらす、
様々な問題を背負っている国で。



私も詳しい知識があるわけではないのですが、
宗教を信じるっていうのはどういうことか?
ということには昔からとても興味がありました。





早速旧市街まで出向き。







旧市街のユダヤ教の聖地、嘆きの壁にいってみました。






ここには昔、ユダヤ教の神殿が建っていたのだけれど、ローマ帝国によって滅ぼされ、
残ったのがこの外壁のみ。



迫害され、一時は自由にここでお祈りすることすらできなかったユダヤ人たちが、
今ではこうやって毎日、たくさんの人が訪れて、
壁に向かって祈りを捧げています。





敬虔なユダヤ教の男性の格好は、かなり独得。


一番敬虔とされる人たちは、
黒のスーツに、背高帽。
髪の毛はもみあげのみを伸ばして、カールされています。





エルサレムには、こういう人たちが普通に歩いていて、
また今までとは全然違うところに来たなあと、実感。




壁から向かって左側が男性が祈る場所。
右側が女性。



簡単な仕切りで区切られています。



私は観光客だけど、女性の方しか入れません。








そこで見た光景にびっくり。



みんな旧約聖書をもちながら、
壁に向かってひたすら何かを唱えて祈っています。






体を前後に動かしながら祈っている人。



泣きながら祈っている人。



壁にうなだれて祈っている人。





宗教を持たない私には、本当に異様な、
異様すぎる光景で。











更に私を混乱させたのが、この光景。



嘆きの壁の向こうに金色に光り輝くドームは、
イスラム教の聖地、岩のドームです。




イスラム教のお祈りであるアザーンが遠くから聞こえてきて。






この国、かなり色々と感じることが多く、
一筋縄ではいかなさそうな予感。



イスラエル編、スタート、です。




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プロフィール

saori

Author:saori
1983年6月生まれ。
2010年9月に結婚。

のらりくらりと紆余曲折を経て、
会計士として4年間勤めた職場を2011年末で退職。

旅行中毒。
音楽大好き。
映画大好き。

思い立ったら実行しないと気が済まない性格が災いし、
夢のまた夢だった世界一周を本気で叶えることにしちゃいました。

2012年1月から、東周りでの世界一周、スタートしました!

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